荷造りに追われています。引越しを数日後に控えたいま、思っていることを書き記しておこうと思います。
頭の中、心の中、気持ちがぐちゃぐちゃにかき乱された状態のまま、気持ちの整理がつかずに悶々としています。
介護をした日々は間違いだったのだろうか…
夫と結婚をしてすぐに義家族の介護が始まり、最初の六年間は離れた場所から必要に応じて通いながら見守ってきました。お互いのプライバシーを守りつつ程よい距離感で良好な関係でしたが、介入が必要だと判断する時期を迎えた頃、夫と何度も話し合い、考えて、同居をすることを決めたのが四年前でした。
義実家に同居して義家族の介護をすると決意することは決して簡単ではなかったです。当然、友人たちは私の決意を歓迎することはなく、「やめた方がいいんじゃない?」「考え直したら?」という言葉をたくさん聞きました。そうなのかもしれない。でも、介護をした場合、しなかった場合の二通りを考えたときに、実親だろうが義家族だろうが親には変わりはなく、介護する?しない?と考えたときに、手に負える範囲内で関わりたいと積極的に思えました。もちろん安易な一時の感情や思いつきではなく、覚悟が必要でした。
私はこのブログにも書いてきましたが、人生における衣食住を常々考えてきました。生まれてから死ぬまでの暮らしや生き方について、もっともっと勉強が必要だと思っていました。まだまだ経験浅い私には、この介護が貴重な学びになると思えたのも事実です。そんなことから、親のためにではなく自分のために介護生活が始まったのです。
よく混同している人がいますが、老化は自然現象であって、医療の対象ではないのです。治すことを目指している医療と、枯れるように逝く最後は決して同じではないのです。
医療を全面的に否定しているわけではなく、必要以上に医療が入り込んでいる昨今の介護事情がとても気になっていました。自然現象に医療は不要ですよね。不要なものを取り除けば、自然な生き方、逝き方になるのだろうと仮定していました。なかなか理想通りにはいかなかった介護ですが、それでも、言葉にできないほどの多くの学びがありましたし、とても貴重な修行を経たように感じています。要するに、苦労は多かったけれど、私自身は満足していたということです。
ただ、心に引っかかっていたのは、ここで一線を引いてしまってよかったのだろうか、もっとやれたのではないか、という思いでした。もちろん継続すれば、それなりに負担もリスクも負うことになります。
最終的に私がこれで良しと思えたきっかけは、こうでした。
「私が居ない方がいい」
この言葉だけを見るととてもネガティブに聞こえてしまいますが、そうではなく、ポジティブに言い換えて、次の場へ移動するタイミングなのかなと思えたことでした。
それは、私が居たらきっとなんでも簡単に解決してしまうのだろうと思います。これまでの経験だったり、人脈だったり、解決する術を他の人より多く持っていると思うから。
でも、居なかったら?
それなりにきっと解決していくんです。時間や手間はかかっても、おそらく。そして、これまでと違った波長で新しい場ができていく。そんなふうに思えたことがきっかけでした。
友人はこれを「ステージが変わったって言うんだよ」と教えてくれました。生きるステージが変わるって。
向こうから見たときに私が不要だと感じたのだろうか?いやちがう。得たいと思っていた学びを十分に得たことに満足している私がもう次へ進もうとしているのかもしれない。これ以上、ここで得るものはないと思っているのかもしれない。断言はできないけど、なんとなくそう感じていました。
そばにいるだけが介護じゃないことも、この経験からよくわかっている。これからは少し離れたところから見守っていこうと思えるようになりました。
私にしかできないことをするために、次へ進むときが来たのだと、ようやく思えるまでになりました。ここにたどり着くまで本当にキツかった。辛かった。自分をとことん否定して、否定して、否定しまくって。そして今、この気持ちをどうしても書き記しておきたかったのでブログにしました。
嫌味は言われ続けているけれど、振り返らずに夫と手を取り合い、前に進んでいきます。



