しいなゆきこ『在宅介護、ふたたび』

今年3月末に転倒骨折から、約4ヶ月間の入院を経て、8月初めに無事自宅退院となりました。

急性期病院から回復期病院を経ての退院。

ADLは入院前と比べるとずいぶん落ちましたが、それでもまた家族全員が揃って食卓を囲むことができてなによりです。

この入院中に判明した所見や内容もあり、退院後はターミナルを含めてさまざまな問題解決をするために看護小規模多機能と訪問診療を導入することにしました。

看護小規模多機能型居宅介護(略して「看多機(かんたき)」)とは、通い、泊まり、訪問看護、訪問介護の4つのサービスを一体化した介護サービスです。在宅で介護しながら、利用者の体調や家族の状況に合わせて通所やショートステイや訪問サービスを組み合わせることができます。

訪問診療とは、住み慣れた自宅に医師が訪問して診療を受けることができる在宅医療のこと。ターミナル対応の訪問診療をお願いいたしました。

これらの力を借りながら、これまで以上に見守りや観察、対処、判断が求められます。

かつては、人が生まれるのも、命が尽きるのも、通夜も葬儀も自宅が主流でした。

そこにはいつも家族の姿があり、家族の声がありました。この世に誕生するときも、この世を去るときも家族に囲まれていたものが、いつしか家庭環境や社会環境の変化とともに、最期を病院や施設で迎える人が大半になりました。そのことが良いとか悪いとか言いたいのではありません。社会や家族形態の変化、時代の変化ともにそう選択されてきたのでしょう。ですが、今でもある一定数は自宅での最期を選択しています。むしろ、最近は徐々にですが増加傾向にあるそうです。我が家もその中の一軒です。

老いは誰にでも平等に訪れます。老化は生き物にとって自然なことであって生理現象であり、医療の対象ではないと思っています。親の老い、自分自身の老いに向き合って生きていく覚悟がない人が多いように感じます。認知症は薬で治すものだと思われていますが、薬では治せないのです。それよりも家族や介護者の働きかけ次第で快方に向かいものが多いのです。

自身で考えることなく医療へ任せてしまうのではなく、これは医療が必要なことなのか?それとも生理現象なのか?ということを常に考えて判断したい。

それが”自分を生きる”ということだから。

医療の任せきり、医者に任せきり、施設に任せきりではなく、自分の人生(家族の人生)は自分自身(家族自身)がハンドルを握っていたい。

いつもそんなことを思っています。

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