しいなゆきこ『介護のそれから、二つの介護の違い』

先月、家族介護の疲労から腎盂炎を患い、二週間ほど寝込みました。私が倒れるとたちまち家庭内は停滞してしまいます。ケアマネージャーからも「お嫁さんあっての椎名家」と言われているので、私の負担は相当重いです。これから介護をどうしていくか⁈ というテーマで未だ家族内で意見が割れている状態ですが、私としても「これ以上のことを求められるのは無理です」と言い渡しました。それ以来、義理の姉(夫の姉)がテレワーク体制だからと、私が外出する予定の日には(週に一日程度)朝から夕方までパソコン持参で来るようになり、仕事の合間に介護を手伝ってくれています。一日24時間、一週間は7日、168時間のうちのたった10時間だけ、肩の荷が降りるようになっただけでもありがたい。介護を経験している人からすれば、たったそれだけ?それも仕事の合間でしょ?と常識を疑うような意見で炎上しそうですが、それでも私にはありがたかった。義両親のテーマパークとでもいいましょうか⁈ そんな役割を果たしてもらえるだけで御の字なんです。

私が実家に帰ると両親の笑顔が咲くように、義理の姉が来ると、義両親はやっぱり嬉しそうなんです。少しテンションが上がっているのが伝わって来ます。たった168時間の10時間、7日のうちの1日だとしても、義両親のテンションが上がるなら、お礼を言いたい。

「もっと関わってよ!関われないのならせめて口を挟まないで!」という気持ちもあります。ケアマネージャーからも「たったそれだけ?それも仕事ついででしょ?」と辛辣なコメントがありましたが、義理の姉が帰った後の義両親の疲労感がハンパないので、今くらいのペースがいいのかな…とも思います。(無理してるんだなぁ〜)と、このことは本人には伝えず私の心にしまっておきますが。もしかしたら私も自分の両親に同じようにしてしまっているのかもしれないなぁ〜と振り返ると少し心が痛くなります。

被介護者が「疲れてしまう介護」と「リラックスできる介護」の違いってあるんですよね。義姉が介護をするのを見ていて、違いがわかりました。

介護の中心に何があるか?の違いなんです。

義姉の場合は「義姉自身がしてあげたいこと!」が中心にあります。大げさな言い方をすれば、相手が望んでいなくても私がこれがしたいの!!という介護。実親子だと、こういうケースって多いのかもしれないなと思いました。子が親にしてあげたいと思う気持ちは理解できますし、親も子がしてくれたことを例え望んでいなかった事柄でも嬉しいと無理やり受け取ります。言い換えてみれば「気持ちの押しつけ」になるわけです。・・・とここでまたしても、私も自分の親に対して、していたかもな〜と反省してしまいます。(~_~;)

一方、私と義両親は血縁関係のない他人。夫の親と義理の娘(嫁)という関係なので、家族ではあるけど比較的第三者の立場から介護することができます。私の介護の中心は「義両親が暮らしやすくすること」です。そのためにしていることは「THE影武者」っぽいことがほとんどで、目につかない事柄ばかりです。

  • 気づいたら布団がきちんとしていた。
  • 気づいたら家の中の埃がなかった。
  • 気づいたらカーテンが真っ白になっていた。
  • 気づいたら家の中が歩きやすく片付いていた。
  • 気づいたら期日までに支払いが済んでいた。
  • 気づいたら書類に必要事項が記入されて提出されていた。
  • 気づいたら・・etc。

気づいてもらえていないことがほとんどですが、足腰が弱り身体が不自由で、認知障害が見受けられる高齢者二人が、命に関わる間違いを最小限に、怪我を最小限に、自分たちで自立して(いると勘違いしながら)安全に暮らせるように毎日配慮をしています。食事の用意やオムツ交換、入浴介助は介護の中のほんの一部なんです。介護をしたことのある方なら「そうそう・・」と頷くでしょう。こうした配慮がリラックスにつながります。介護って自己主張や承認欲求ではないんです。義両親を見ている限りでは今のところ、リラックスできる介護ができているんだと感じてます。

こうして書いているとマウンティングしてるの?自慢しているの?と勘違いされそうですが、そういうことではなくて、介護を通して私自身が学んだことを書き留めているのです。私自身まだまだ不慣れだし、勉強不足なので失敗から学ぶことも多いのです。「介護」と聞くと身構えたり、どう関わったらいいのかわからないことって多いのかな?と感じたので、身近に介護をしている人がいたり、これから介護がはじまるという方のヒントになればいいなと思っています。

どうして介護をしているのですか?

どんな気持ちで介護をしているのですか?

・・と、聞かれることがあります。介護なんて、しなくて済むのならしないに越した事はないです。そんな苦労をどうして買って出るの?しかも自分の親ではなく、義理の両親の介護を・・・。

どうしてかなぁ〜〜〜?と、自分でも思うことがありますが、一番は「家族が気持ちよく暮らしてほしい」ってことなのかもしれません。在宅で、介護のプロの手を借りずにできる事は限られています。私は介護のプロではないので然るべき時が来たら手を借りるつもりでいます。家族内にはそれを反対する人もいますが、そう言った人に限って何もしませんし、出来ません。話が逸れたので戻しますが、実両親よりも義両親の方が冷静な介護ができると思いました。実際そうです、感情的になる時はもちろんありますが、実親子よりもこじれません。これは実両親(祖父母)を介護して来た実母を見てきたので違いを感じています。また、人の一生を考えた時、出産、成長、子育て、自立、結婚、(離婚w)、再婚と経験してきてあとは介護と死だなと。高齢者介護の行き着く先は死です。とするなら、介護を通して学ぶことがあるはずと考えたからです。確かに簡単なことではありませんでした。でも、収穫は予想以上に大きかった。介護を始めたとき、「大きな山を超えた後の景色はどんな景色なんだろうか?」とそれが楽しみでした。まだ途中ですが、以前とは全く違った景色が広がり始めています。登山した人にしか頂からの景色が見えないように、経験した人にしか見えない景色があり、経験した分だけ自分の肥やしになり、力になる。これってすごいことだと思うんです。キツイからこそ、辛いからこそ、その収穫は大きい。・・・私ってドMだな、笑。

経験に勝るものはなし!人生を豊かにする肥やしの一つと受け止めています。

・・・とはいえ、ムリは禁物です。

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