2020年10月18日早朝、愛猫 ”マリオ”(15歳)が虹の橋を渡りました。
諸事情があり、私の実家に預かってもらっていたのですが、一週間前からそろそろ残された時間が少ないことを知り、すぐにでも駆けつけたい気持ちでしたが、私はいま義両親を在宅介護しているので直ぐに家を空けることが叶わないので、(うまくタイミングが合うといいな)という気持ちでいっぱいでした。

マリオとの出会いは2005年。マリオはペットショップの売れ残りでした。このままだと処分されてしまうとショップのお姉さんから聞き、抱かせてもらったときに「ウチに来る?」と声をかけたら小さく「にゃっ」って答えてくれた。それから我が家の一員になった。家族になってからは3人の子どもたちのよき友だちだったけど、その後に私は離婚をすることになり、マリオを蹴飛ばしたり、怒鳴りつける人から守りたく連れて家を出た。そこからマリオと私の二人暮らしが始まった。何にもないアパートの部屋で身を寄せ合って暮らしていた。猫とバツイチ女の共同生活(笑)は楽しかった。
毎日仕事に出かける私を見送り、窓辺で待ち、玄関に迎えに来るのがマリオの日課。私の苦手なゴキブリを仕留めてくれたときはホント助かった〜〜(笑)これは特技だね!何度も捕らえてくれた。
晩酌する私の膝の上がマリオの指定席。寒い冬はとっても暖かかった。いつも眠ってるから中々トイレに立てなかった。私が泣いていると心配そうにのそのそっと寄り添ってきて私を見つめていたよね。

仕事で転勤するたびに引越しをして、慣れない新しい部屋の匂いに怯えたり、東日本大震災の時は私がガス会社勤務でライフラインの現場担当だったから帰宅できず、マリオはガラスの散らばる寒い部屋の中で一人ぼっちでコタツの中で震えていた。早く帰れずホントごめん。とても怖かったのだと思う。しばらく続いた連日の余震アラームが鳴るたびに震えて、私のそばから離れなかった。
私の人生の中で、最も孤独で、最も辛かった時期にいつもそばで支えてくれたのはマリオだった。マリオの存在が当時の私の生きる支えだった。この子がいなかったら、今の私はなかったと思う。言葉にできないほどの感謝の気持ちと、愛おしく大切に思う小さな命。君に出会えてよかった。本当に本当にありがとう。
危篤を知ってから、とにかく時間の限りそばにいようと思った。それはかつて君が私にしてくれたように。一人で虹の橋を渡らせちゃいけないって、その時にはそばにいて手を握っていようと決めていた。
いよいよというとき、最後の時間、最後の夜を一緒に過ごせてよかった。

この世に肉体がなくなることは寂しくて泣いちゃうけど、想いは消えることはないし、いつまでも変わらずにあるものだから。目に見えるものが全てではなく、目に見えなくても大切なもの、尊いものはたくさんある、物質として触れることができなくなることは寂しいけど、いつも一緒。どこにいても、ずっと一緒だから。
私は私として最後までしっかり生きて、またいつかマリオと会いたい。

マリオが息を引き取る夜に、実家の ”月下美人”が咲きました。サボテン科の花で新月や満月に開花し、朝になるとしぼんでしまう。一夜限りの開花ショーと時を同じくして静かに息を引き取りました。月下美人の甘〜いジャスミンのような豊かないい香りを部屋中に残して虹の橋を渡りました。最後までマリオらしいな。

犬猫はペットといわれるけど、ペットという呼び方は私はあまり好きじゃなく、同じ生き物として対等に接するように心がけてきました。猫の寿命は平均15〜16歳。これといって病院に連れて行くようなことはなく、ワクチンもしなかった。最後も延命処置となる医療は受けず、自然なままに家族の中で見守りながら息を引き取りました。早朝に心臓が止まり、呼吸も止まり、対光反射もなくなったことを確認した時、「今までありがとう」と抱きしめました。エンゼルケアをして綺麗にしてしてあげたあと、庭に咲いていた花を母がマリオのそばに添えてくれました。火葬したあと、骨上げをし、骨壷に納めました。今は写真や動画でしかその姿を見ることはできないけれど、いつか虹の橋で再会できたらまた抱っこしたい。
今は涙があふれてきて喪失感(ロス)にどっぷりと浸かっていますが、義両親の介護に休みはなく、看取ったその日も入浴介助をしました。マリオがまた心配しないように、いつも通りの私に戻れるように、いつも通りのことをしながらに生きていこうと思います。
ただ少しだけ、時間をください。
“Mahalo nui no kou aloha”



久しぶりにHPを訪問しました。 ユッコらしい愛情に溢れた日記で思わずホロっとしました。 コロナ禍でいろいろと大変だろうけど元気でね。
いいねいいね: 1人
文殊菩薩さま
ご無沙汰しています!お変わりありませんか?私は変わらず毎日ゲラゲラ笑って過ごしています。母は私が介護自殺をするのではないか⁈と心配していたようですが、そんな母の気持ちを他所に娘は案外逞しく生きています(笑)
愛猫とのお別れはやっぱり寂しかったです。
でも最期を看取れたことで、後悔はなく、楽しかった想い出と共に私の中で生き続けています。
文殊菩薩さまも、どうぞお元気でお過ごしくださいね♪ また会いたいです!
いいねいいね