
21世紀の高齢社会を支えていくためには、看護の心、ケアの心、助け合いの心を、私たち一人一人が分かち合うことが必要です。こうした心を、老若男女を問わずだれもが育むきっかけとなるよう、旧厚生省により、「看護の日」が1990年に制定されました。
—公益社団法人 日本看護協会HPより
毎年5月12日のナイチンゲールの誕生日には、国際看護師の日とされています。そして2020年の「看護の日」マスコットぬいぐるみが私の手元に届きました。爽やかなブルーのキティちゃん、可愛いです♡ ある意味、金メダルをいただいたような気持ちです。
”白衣の天使”ナイチンゲールは、イギリス人の看護師(1820年〜1910年)。クリミア戦争に看護師団を率いて赴き、傷ついた戦士たちを励ましたという有名な話が語り継がれていますが、功績としては、整備されていなかった重労働で不潔だった看護環境を整備し、看護の基礎を築き上げて教育をしたことと、数学や統計が得意だったことから分析や統計調査を行い、複雑な要件をわかりやすくデザインし、相手に伝える技術を持っていたことは有名です。
そんなナイチンゲールの遺した言葉で心に留めているものがあります。生前、従弟であるヘンリー・ボナム・カーター宛の書簡に書かれた言葉です。
「すべての看護の最終目標は、病人を彼ら自身の家で看護することだというのが私の意見です。私はすべての病院と施療院が廃止されることを期待してます。」
えっ!無謀な!と思われるかもしれませんが、私はこの言葉に込められた想いがわかるような気がします。私が在宅介護を選んだのは、この言葉と同じような想いがあったからなのです。
”昭和時代”と”令和時代”では、価値観や環境などは全く違いますが、それでも「ヒトの生涯」は変わらないと思っています。昔と違い、働き手が減少して「一億総活躍社会」とも言われている現代は、在宅介護をする余裕なんてないのかもしれません。仕事と介護の両立は本当に大変ですから、そのために社会制度として介護施設や介護ヘルパーなどサービスが充実しています。もちろん、そのサービスは積極的に使うべきだと思いますが、どうしても在宅の手が及ばないという段階までは、自宅で暮らす日々を用意してあげたいなと思うのです。介護サービスや医療を全否定するわけではなく、介護サービスや医療に頼りきりにならずに、自ら一つ一つのことを選択しながら(病院に行く?行かない?、薬必要?不要?の選択など考える機会を持ち)、義両親や両親が最期までその人らしく生きられるように支えたり、サポートするのが私の考える「介護」なのです。

”介護”は日常生活を安全かつ快適に営むためのサポート、”看護”は病気や怪我などの治療や療養のサポート、と定義は異なるけど目標は同じです。。どちらも”世話をする”や”治療する”ことが目標なのではなく、その人・その家族が健康的に生活できるように導くこと、サポートすることが最終目標なんです。違うようで似ていますね。
可愛いキティーちゃんを勲章に、私なりの介護をこれからも続けていきたい。



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