
今年の4月末〜5月初めのゴールデンウィークに夫の両親が住む義実家に介護同居しました。(その記事はこちら→しいなゆきこ『介護同居はじめました!』 )
それから早いもので5ヶ月がたちました。5月に同居を始めてから、7月に義母の手術・入院とリハビリ。義母の退院翌日に義父が脳梗塞で倒れ、夏がいつの間にか過ぎて秋の空気に入れ替わり、ようやく日常を取り戻しつつあります。
毎日家族に作る手作りの家庭料理。早朝、直火で炊く雑穀入りのご飯、自家製の味噌に野菜や海藻を入れて作る御御御付け。季節の漬物。季節の果物。
高齢になると活動量の減少に伴って食が細くなりがちです。少しづつでも味の変化をつけて、季節感を出して、食卓が楽しいコミュニケーションの場となるように配慮しました。
好き嫌いもありますし、「食べたくない!」と言って、用意した食事にそっぽを向かれる時もあります。(偏食についての過去記事はこちら→しいなゆきこ『子どもの偏食について—4つのポイント』 )
厳しいことを言いますが、病気の症状は自分自身の鏡です。現実に起きる出来事は一つの「結果」であり、その「結果」は必ず「原因」があり、その「原因」はあなた自身の中にあるのです。
ですからもし、今、自分自身に起きている問題や体の不調などに悩んでいるとしたら、その「出来事」はあなた自身の「結果」であり、その「結果」には必ず「原因」があり、その「原因」はあなた自身の中にあるということになります。それは、生活習慣であったり、思考癖であったり、食生活の乱れであったりします。
起こるべくして起きている出来事なわけですから、それを見て見ないふりをするのではなく、結果として受け止めて、何が原因なのか?考え、気づき、行動を起こすことで、結果が変わり、出来事が変わります。(症状が改善するということです)
そこで忘れないで欲しいのが、「ローマは一日にして成らず」。長年の生活習慣であったり、思考癖であったり、食生活の乱れは、たかだか1ヶ月や半年変えただけではすべて改善につながらないということ。
人間のからだは「細胞」が約60兆個も集まってできていて、その一つ一つの細胞が呼吸をしながら体に必要なものを作り出すなどの活動をしています。そのなかで、細胞の新陳代謝が行われており、その周期は部位によって異なります。小腸の上皮細胞が約2日、胃が約5日、皮膚は約28日、筋肉や肝臓は約60日、骨は約3年(完全に骨格が新しいものに変わるには10年)、血液は約127日と言われています。こうした周期で生まれ変わる細胞もあれば、脳の神経細胞など、生まれた時のままで変わらない細胞もあるのです。
何が言いたいかというと、短期間で結果を求めるなということです。
義父母の食生活改善を始めて5ヶ月。目に見えて改善されたこともありますが、ほとんどの事は多少改善されたか、あまり変わらないかのどちらかといったところです。ただ救われるのは、悪くなったことがないということ。義父の脳梗塞があったじゃないか!と思われるかもしれませんが、隠れていた問題が症状として表れたことで、一見悪いように見えても実は問題として受け止めるキッカケになり、決して悪いこととは捉えていません。出来事を結果として受け止めれば改善方法がわかりやすいものです。

つい、何でも病院任せ、お医者様任せになりがちです。決して、病院に頼るな!お医者様に頼るな!ということを言いたいのではありません。私たち自身も自分の体のことを理解するべきだと思います。出された薬を何種類も黙って飲み続けることや、出された診断を鵜呑みにするのではなく、その診断がついたのはなぜなのか?どうしてなのか?常に「結果」と「原因」を考え、自分自身の中から答えを見つけて欲しいと思うのです。
義父母と過ごした5ヶ月間はとても有意義な毎日でした。もちろんここには書き綴れないほどの苦労もありましたが、苦労話よりも幸せそうな義父母の笑顔の方が私には何倍も大きなものに感じます。例えばこんなことがありました。
先日の出来事ですが、冴えない出来事が続いていて、私の心の足踏みが大きな音を立てていました。大抵のことはその日のうちにケロッと忘れてしまうのですが、どうもそのときは一夜明けて朝を迎えても、心の足踏みの音は鳴り止まず、(今日をどう過ごそうか…)と、朝の洗濯をしていたら、義母がトボトボと歩いてきて、「ゆきちゃん、ごめんね、漏らしちゃった…」と。どうやらトイレの失敗をしてしまったようでした。手足が不自由になると思う通りにはならず失敗してしまうなんてよくあること。私自身、全く気にしないのですが、失敗した側はジレンマや羞恥心があるのだと思います。しょんぼりとした表情が焼き付いています。濡れた下着とズボンを手洗いしながら、義母をお風呂に誘うと、「うん!」と元気のいい返事が返ってきました。お風呂で身体を温めて、清潔な服に着替えて、気持ち良さそうな義母の顔を見ていたら、いつのまにか私の心の足踏みの音が消えていたのです。
そうなんです!人に優しくすることは、自分に優しくすることと同じなんですよね。義母の幸せな笑顔が、私のやさぐれた心を穏やかにしてくれたという事実。私が救われていることも多い介護同居です。


