しいなゆきこ『ありがとう♡の話』

昨日、ランチ会で友人から聞いた話です。

 

友人が、電車に乗っているとき、同じ車両にベビーカーを持ったママと赤ちゃんがいました。赤ちゃんがぐずりだし、ママは困り顔。とっさに、隣にいた30代の男性が、赤ちゃんに話しかけたり、あやしていました。赤ちゃんのご機嫌がなおってママもホッとした顔。赤ちゃん連れのママが降車するときも、その男性はサッと駆け寄り「ベビーカーを降ろすのをお手伝いします」と言って電車内からベビーカーを降ろしてあげたそうです。

 

この話を聞いてどう感じましたか。よくある電車内での光景です。

私は、”30代の男性” に注目しました。同じママ世代の女性や子育て卒業の中高年の女性がぐずっている赤ちゃんをあやす姿はよく見かけます。私も同じような場面に何度か出会ったことがあり赤ちゃんをあやしたことがありました。その行為をあたかも自然に、当たり前のように”30代男性” がしていたということに感動したし心が温かくなりました。

 

最近のネットニュースでは、殺伐とした話題ばかりで未来に不安を感じることが多いけれど、こんなにも温かい人(しかも男性)がいることを嬉しく思いました。きっと素敵な男性なんだろうな〜と想像します。

—もしかしたら、その男性は赤ちゃんが好きなのかもしれない。

—もしかしたら、その男性にはお子さんがいらっしゃるのかもしれない。

—もしかしたら、その男性は子どもと触れ合うお仕事をされているのかもしれない。

—もしかしたら、その男性はママたちの苦労や苦悩を理解してくれている人なのかもしれない。

想像は膨らみますが、世の中、捨てたもんじゃないな!と嬉しく思いました。

 

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世の中は、「何かを提供する」 ことに対する”対価”として「お金」 があります。

●仕事をする=労働力の対価としてお給料をいただく

●商品を作る=技術や労力の対価として代金をいただく

 

だけど、対価としてお金が発生しないものもあります。例えばボランティア活動。

”ボランティア”とは、自分から進んで社会活動などに無償で参加することです。私もボランティアで社会活動をしています。様々な活動や作業をしていますが、すべて無償です。

そんな無償活動の中でも、お金ではない嬉しい”対価” が存在します。

それは「ありがとう」という言葉です。

私がボランティアでする作業の中には時間や労力が必要なものもあります。寝る時間を削ってその作業に充てる日もあります。

 

相手の時間を使って出来上がったもの対して、無償だけど「ありがとう」という言葉を伝えるだけで相手は救われます。なかには、出来上がったものが当たり前であるかのようにケチをつけたがる人もいますが、そういう人は所詮それだけの器の人と思うようにしています。見えるものしか判断できず、見えないものの価値に気づくことができないのです。

 

例えば、お家の中で考えてみてください。

—食事が食卓に並ぶのはなぜですか?

—汚れた衣服が清潔な状態になって戻ってくるのはなぜですか?

—部屋の中がいつも快適で心地よい状態に保たれているのはなぜですか?

誰かが、自分の時間を使って無償で作業をしているからですよね。

その相手に対価としてお金を払うことは大抵の家庭ではないと思いますが、「ありがとう」という声はかけていますか?

 

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先日、私が夕方からのミーティングに出かけたときのこと。家族の夕食を準備してから出かけ、帰宅するとテーブルの上にメッセージがありました。

それは、お金には変え難い、私には十分な”対価”でした。

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当たり前なんてないので、「ありがとう」を伝えてみませんか。

 

今日を丁寧に、そして大切に。

 

“しいなゆきこ『ありがとう♡の話』” への3件の返信

  1. しいな様
    私もしいな様とこの記事に向けて“ありがとう”と云わせて頂きます。
    ありがとう!

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  2. しいな様
    私もしいな様とこの記事に向けて“ありがとう”と云わせて頂きます。
    ありがとうございます!

    いいね

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