見守るということ。
私事になりますが、夫の両親と私の両親のお世話をしています。偉そうに「お世話をしてます」といっても、一から十まですべてではなく、出来ないことを助けてあげる程度にしています。”鬼嫁”や”鬼娘”というわけではないんです。高齢者の自立や生きがいを大切に思っているからこそ、なんです。
なんでも手を出してしまえば簡単だし、早いし、何の心配もなくなるかもしれません。
でも、(された側の気持ちはどうなんだろう?)。—私がいつも考えることです。
高齢者の多くは、仕事をリタイヤしている場合が多く、体力の衰えや身体が思うように動かなくなることから、自分の存在価値を見出せないことが多くなります。
明らかな危険行為は制止しますが、それ以外のことは一歩離れたところから見守ります。辛抱強く。心穏やかに。
(あっ!)と思っても、ひたすら見守ります。
これって、子どもを育てているときと同じだとおもいませんか。
我が子が初めて自転車に乗るとき、乗れるようになったとき、少し離れたところから見守るあの感じです。
例え、となりの子とどこか違っていても、我が子なりの良いところがあるように、となりのお爺さん・お婆さんとは何かが違っていても、我が父・母の良いところが必ずあるんです。得意なことが必ずあるんです。それを活かしてあげたい。
高齢者は子どもと違い、日々出来なくなることが増えてくるからこそ自信を失いがちです。生きがいを失いがちです。
自立を促したり、生きがいを感じるように仕向ける…といったら偉そうな言い方ですが、そう感じるように配慮すること、私が日々心がけていることです。
今日も、先日の台風24号の強風で家の敷地内に飛んできたゴミの片付けや、カーポートの上に溜まった落ち葉やゴミを義父がせっせと掃除や片付けをしていました。(脚立心配だな…)と思いつつも、声をかけて支えたり、見守ります。
男の子は幾つになっても、男の子のままなんです。
片付けが終わって意気揚々とした義父の表情を見たら、それでよし!って思う私です。
義母に対しても同じです。できる範囲のことで「これやってね!」とお願いします。両肩が動かないから(私は何もできない役立たずだ、生きてる価値がない…)と、思って欲しくないんです。
「お母さん、助かる!」これは私がいつも言っている言葉。
誰だって必要とされたいと思うし、役に立ちたいって思うから。
そんな姿を支えながら、陰ながら応援してあげたいです。




我が家は不幸にして坊主が二人。 娘がいればナァ!と思い当たる場面が増えてきたような昨今です。 でも息子たちには夫々の生活があり、嫁さんとの折り合いのつけ方もあるのだろうと思い、多くは望んでいません。 米国駐在中の長男坊は毎月スカイプを繋いで孫姫と一緒に現況を知らせてくれるし、同県内にいる次男坊は毎週孫坊主の様子を誇らしげに電話してきます。
古女房と二人だけの平穏な暮らしには何よりの最高の親孝行だと思っています。
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文殊菩薩 様
コメントをありがとうございます。今はスカイプなど離れて暮らしていても、その距離を感じさせない便利なものがありますね!
子どもの成長は早く、あっという間に大きくなってしまうので、お孫ちゃんたちの一瞬一瞬の成長が何より楽しみですね。
最高の親孝行ですね(^^)♡
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親孝行、素晴らしいですね、
ブログ拝見させていただきました!
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onimotezyukuさま
コメントをありがとうございます。また、ブログを見てくださり嬉しいです。
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