今月、身内が2人も亡くなりバタバタとした日々を過ごしています。
どちらも高齢で精一杯命を全うして旅立ちました。寂しくはありますが、寂しい気持ちよりも(素晴らしいな!)と感じる気持ちの方が正直大きいです。
わたしもそんな死に方がしたい。枯れるように命を全うしたい。
そんなことを考えていたところに芸能界の樹木希林さんの訃報を知り、樹木希林さんの残した数々のエピソードがあまりにも素晴らしく、心を揺さぶられています。
「死生観(しせいかん)」というものを私も真面目に考えられるような歳になったのだとつくづく思います。
死生観とは、生と死に対する考え方や見方のことです。
”自分の死にかた”については、正直まだわかりませんが、いま私が心に想うことは、「最期まで ”自分らしく” 生きよう」と。
では、「自分らしく」って一体何?
—それは「自分自身を好きでいること」だと思っています。
つまり、私が好きな「私」であり続けること。
素の自分であったり、理想の自分であったり。
そのための私のおまじないが「今日を丁寧に、そして大切に。」なのです。
話は変わりますが、通夜や葬儀ってエネルギーを非常に使いますね。
心身ともに、です。
人の命が終わるときって、まわりのエネルギーも思い切り動くのでしょうね。
もしかしたら、まわりのエネルギーを使って故人を旅立たせている?そんな風にも思えるほどエネルギーを使います。
仕事、介護、葬儀…と、聞いただけでもぐったりしてしまいそうなフルコースですが、意外にも私は精力的に動けています。それは日頃から「心と体をととのえること」を習慣にしているからだと自負しています。
どんな時でも笑顔で過ごせる自分。
どんな時でも誰かを支える力がある自分。
—そんな自分がとても愛おしいです。
常日頃から”己を鍛える” 、「鍛える」というよりは、「調整しておく」という言葉の方がふさわしいかもしれませんね。
仕事においても同じことが言えると思います。
”ここぞ!” という場面だったり、日々のルーティンワークだったり、怪我や病気をしている場合じゃなく、自分がもつパフォーマンスを惜しみなく発揮するために、そのために日々の習慣があるのだと思っています。
今日だけの話でなく、明日、1週間後、半年後、いつでも自分のパフォーマンスを発揮できるように。
いつでもパフォーマンスを発揮できるように【心と体をととのえておく】。
これが私の生き方です。
栄養が満たされるとヒトは穏やかになります。
でも、食べ物の栄養だけでは人は幸せになれないのです。
心の栄養も必要だと思ってます。
—愛する人がいること、人から愛されること。
恋愛に限りません。大切な家族・友人・仕事仲間…諸々、そして自分自身のことも、その存在を愛し、愛されることで人は幸せを感じることができます。
私は最期までそんな生き方をしていきたい。これが私の死生観=生き方です。



