人生最期の食べもの

私事のプライベートな内容になります。

9月8日未明に母方の祖母が亡くなりました。大正生まれの96歳、あと10日で97歳の誕生日でした。

最期は、祖母の住む施設の一室で、身内に見守られながら、子孫の笑い声に安心するかのように静かに息を引き取りました。とても穏やかな、幸せいっぱいの祖母のお顔に思わず微笑んでしまうほど。

本当に素敵な最期でした。

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大正、昭和、戦争、終戦、平成と目まぐるしく変わりゆく時代を生き抜いた96年の人生は、わたしには計り知れないほど壮大な人生だったのでしょう。

わたしは祖母の半分もまだ生きていないのです。

祖母との一番の思い出を少し語ると、子どもの頃、夏休みに泊まりに行ったときに寝物語として聞いた数々の昔話が心に残っています。戦時中の話もたくさん聞きました。戦争を知らない世代にとっては信じられないようなことばかりでした。

祖母はとても手先が器用で編み物をよくしていました。私や弟(祖母にとって孫)のベストやセーター、わたしの子どもたち(祖母にとって曽孫)へのアフガンやケープなど、たくさん編んでくれました。

祖母も実母も編み物が上手なのに、わたしは全く編み物ができないという…(−_−;)沈

 

—祖母に対して今のわたしがしてあげられることは何だろう?

宗教によって送りかたや、しきたりは異なりますが、祖母の葬儀は一般的な仏教のしきたりに則りました。

(祖母に今のわたしがしてあげられることは何だろう。何か恩返しがしたい。)

枕飾りにある「枕飯」と「枕だんご」。故人の最期の食べものを用意するという大役をいただきました。わたしには身に余る幸せ。

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「枕飯」はこの世と縁を切る食事の意味を持ち「一膳飯」ともいいます。一合の米を炊き、ひと粒残さず盛りつけます。てんこ盛りにするのは、ひと粒残さず盛り付けることと、もう次はないよという意味合いから。そのてんこ盛りのご飯に箸を二本揃えて中央に垂直に立てます。

「枕だんご」の数は諸説ありますが、あの世で六地蔵に渡すため六つ供えます。地域によっては七つや十三仏に供える十三個の場合もあるようです。上新粉を使って作ります。

この枕飯と枕だんごはお通夜まで毎日作り替えます。前日までのものは半紙に包み、旅立ちのときに全て棺の中に入れます。お花に囲まれた祖母に、今までの感謝の意を込めて、用意した枕飯と枕だんごを持たせてあげられたことが幸せでした。旅立ちのお弁当です。

人は生まれてから、この世を去るまで一生を通して「食べもの」と深い関係があります。

祖母から学んだ沢山のことをこれからも活かして精進していきます。

“人生最期の食べもの” への2件の返信

  1. ユッコちゃん、どうもありがとう。
    おかげで静かに送り出すことが出来ました。 バッパも美味しく食べて旅立ってくれたと思います。 
    ー喪主ー

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